孔子教はかつて一度、人々から見捨てられた。それは新青年の時代であった。この時から孔子教の盛衰と革命の潮流は反比例をなし、そのまま北伐の完成にまで至った。革命の狂騒が最も盛んな時期が、すなわち孔子教が最も衰微した時代だった。それが昨今では、孔子尊崇の風潮が再び大いに盛んになってきた。国を挙げて禅を狂信的に奉戴するような時にあっては、何も大騒ぎするほどのこともないが、ただ個人的に思うのは、孔子尊崇は活仏奉戴よりも優れているということくらいである。しかし、孔子教の復興にもおのずからその道理がある。一つには、物極まれば必ず反し、時代の潮流は常に一進一退を繰り返すものであり、世界の進化は螺旋式であり、直線的に進むものではないということである。二つには、孔子教は結局のところ中国の民族思想であり、人々の思想の奥深くまで浸透しており、マルクスの敵う相手ではない、ゆえにその根本は揺らぐことがない、この点は決して軽視できない。三つには、儒教は国家を安定させる道であり、歴代王朝がその礎を築くにあたって孔子を祀ることは、封禅を行って上帝に告げ山川を祭ることと同じように欠かせないものであった。だからこそ、劉邦は「無頼」の時期(史記本紀で高祖が太上皇に答えた言葉を用いている)には、儒冠に放尿をしたほどだが、いったん帝位に登るや、儒者を尊ばざるを得なかった。さもなければ、劉邦が秦を倒した時のように、天下の無頼が同じように振る舞ったなら、漢王朝は危うくなってしまうからだ。
今日の中国の風俗は、間違いなくこのように衰えたること嘆かわしい限りであり、国を治める者でこれを正そうと思えば、孔子教を想起し、礼儀廉恥を談じることで、士風を盛んにし、凡俗を奮い起こそうとする。それの何が悪いというのか? 本当に今日の人が些細な行いを語り、身をもって模範を示そうとするならば、それが西洋道徳でも良いし、中国の道義、古風、清廉などでも良い。西洋のGentlemanになるのも良いし、中国の高潔の士になるのも良い。世の中の道理はもともと大きな違いはないのだ。ところが、西洋人の道徳について、たとえば「フェアプレイ」をしょっちゅう提唱しているが、我々はいつも門外漢であり、文字面にも疎く、聞いてもよく理解できず、実行してみてもうまくいかない。それはたとえば、西洋人は女性を尊重すること(Respect for Ladies)を重んじ、中国人は年上を敬うことを重んじるが、両者を聞いたときに明らかに年上を敬うことの方が、「女性を敬うこと」よりも心に入りやすいことからもわかる。女性を尊重することは、効果があろうがなかろうが提唱しなければならず、年上を敬うこともどうして重んじないことがあろうか。もし西洋の道徳も重んじず、中国の道徳も重んじないならば、その結果は必ずや今日の政界、教育界、文学界の人々のように廉恥を喪失することだろう。
人々が少しばかり古風を回復すること、たとえば、己に厳しく、人には寛容で、友誼を重んじ、信義を貴び、廉恥を尚び、実践を多くし、虚言を少なくすることなどは、もちろんいずれも良いことである。だが、孔子を尊ぶには、批評の眼によって孔子の本来の姿と宋儒の偽道学とを識別しなければならない。これが第一条件である。
孔子を尊ぶことには幸不幸いずれもがある。今日の孔子の道が幾人か実践に努める朱文公、王陽明によって宣揚されるならば、それは素晴らしいことである。だが、もし張宗昌のような者さえも孔子を尊ぶならば、ただ孔子の道を辱めるだけである。これがいわゆる孔子の道の不幸である。孔子を尊ぶことの第二条件は、口で周公・孔子の言を唱えながら、身は盗跖の行いをする者によって提唱されないことである。さもなければ、孔子は尊敬されればされるほど、青年たちの信仰を失うことになる。
張宗昌のような者が孔子を尊ぶその心理は、サディズムであるに過ぎない。試みにいくつか例証を挙げよう。
数カ月前に、中国の古風を回復しようとするモダン破壊団が出現したことがあった。この輩たちはモダンを極端に嫌悪し、質素を尊ぶが、果たして孔孟の徒であろうか? その行うところを観察すると、硫酸水で女性の衣服に射ており、まさにモダンの悪魔の所業であり、断じて古代の儒者の行動ではない。その心理を分析するに、男性の性欲の変態であるサディズムであるに過ぎず、この変態を借りて性欲を発散し、女性を蹂躙して快感を得ている。そうでなければ、男性の衣服でもきらびやかな者には事欠かないにもかかわらず、どうして試してみないのだろうか? 心の変態にはいわゆる露出狂(Exhibitionism)がいる。閑静な街の片隅の人気が少ない場所に隠れ、女性に遭遇したら自分のズボンを脱いで露出する。それによって女性を辱め、男性を示すことで心に一種の快感を覚えるというもので、サディズムの原義に近い。
サディズムを患った変態は誰もが、相手の苦しみを自らの楽しみとする。中国人の性欲史上は、その豊富な事例に事欠かない。たとえば、西門慶の振舞いは、最もこの病の症状に合致しているが、その病態は西門慶だけに限らない。心理変態は最も複雑で深奥であり、いわゆる変態とそうでない者との境界を画定することは難しい。普通の観念におけるサディズムの含意としては、たとえば処女癖がその一であり、貞操観念がその二である。上古においては、それほどひどくない。唐朝に至っても、韓愈のごとき一代の大儒の娘でさえ再婚することができたし、二度も三度も嫁いだ唐朝の公主は数えきれない。宋代に至って理学が興り、士人精神がすでに無味乾燥に枯れ果ててから、処女癖および貞操観念がついにこれに従って盛んになった。これ以来、風俗・教化を維持する責任はすべて女子によって負担されるものとなり、貞節を強固に守ることもすべて女子の美徳に変わってしまい、もはや男子のものではなくなってしまった。女子は志操堅固で気骨があり、剛健にして勇猛、身を守ること玉のごとくにして、死をも恐れず、身をもって夫に殉じ、あるいは孤独に一生を全うし、志に違うことはない。これは男にしてみれば、何と敬服すべきことではないだろうか! 総じてみるに、女子が苦しみに耐えることができればできるほど、男子はますます楽しみを増し、これを上奏して称えるか、あるいは伝記を立てて誉めそやす。ゆえに、貞婦の中には、男に手を引かれても毅然としてこれを拒絶する者もいれば、乳癌になっても医師に診せずに悲憤慷慨して死ぬ者もおり、いずれも文士から一斉の讃嘆を得た。近年の広東における貞婦礼賛は、やはりこの種のサディズムの残存物であり、とてもではないが、今日主張されている孔子尊崇に適うものではない。
先日、上海の新聞に掲載されていた「溥儀と文綉の離婚に関する書簡」は、離婚を要求する文綉の非を誹っている。その文章を細かく吟味すれば、サディズムの心理が埋め尽くされており、貞節を提唱する者の心理を研究する最高の材料となっている。その末尾にこう言っている。
「文綉はすでにして宮殿に住み、よく家名を高めた。激しい雷雨でさえも天恩 であって、影を顧みて自ら憐れむも、微笑みを浮かべて当然である。しかるに、恩を忘れて義に背くとは何事か」
また、こうも言っている。
「むしろ、その兄である文綺の言葉に従い、痛切に懺悔して過ちを改め、古都に戻って皇太妃のもとに仕え、遜帝からの月々の生活費に基づき、肉食を絶って仏に仕え、もって余年を全うする方が、一代の麗人としての体面を失わずに済むだろう。礼義廉恥は国の四つの大綱であり、四つの大綱が堅固でなければ、国は滅亡する。......中国の礼教を維持するために、言わざるを得ず。もって全国の士大夫が本件の研究に心を留めることに供す......。」
礼義廉恥の全ては女子によって維持され、救亡の責任もまた女子によって代弁され、一人のか弱い女子にさえ、肉食を絶って仏に仕えて天寿を全うすることを強いる。一方、我々は八大胡同(遊郭街)を練り歩いて帰ってきては、貞節を議論してこれを賞賛し、その苦しみを鑑賞する。どうしてこれが愉快でないことがあろうか?
実のところ、孔子尊崇を提唱する者は、世の中で人が守るべき正しい道について大いに憂慮する心を持っている。その中で、いまだに恥知らずなことを経験したことがない輩が、これを口実に青年たちに報復しているに過ぎない。第一に、礼義について語っても、費用がかかるわけでもなければ、人の感情を傷つけるわけでもない。さらに、風俗を維持するという美名を得て、そのこそどろ行為を粉飾することができる。もし一たび礼義和睦を放棄して法治精神を語り、あるいは帳簿を精査するならば、本人および親類友人は必ずや牢獄に繋がれるに違いなく、様々な不都合が生じるであろう。第二に、青年たちは正業に務めず、上を犯して反乱を起こし、専ら騒動を起こしてばかりで痛恨の極みである。我は孔子教を提唱して、上を敬い、騒動を起こそうとしない道を知らしめようとしているのだ。それゆえに、これは仇を雪ぐ報復の義挙である、と。しかるに、この手の輩の孔子尊崇には、少なからずサディズムの心理が含まれており、細かく観察しなければならない。
私は以前、桃花扇を持つ李香君を描いた書画を一幅を手に入れ、かつて幾首かの六言をつくった。ここに左に抄録して本文の意味を明らかにしよう。
香君一個娘子 血染桃花扇子 気義照耀千古 羞殺須眉漢子
香君一個娘子 性格是個蛮子 懸在齋中壁上 教我知所観止
如今天下男子 誰復是個蛮子 大家朝秦暮楚 成個什麼様子
当今這個天下 都是騙子販子 我思古代美人 不至出甚乱子