『老残遊記』はすでに久しく人口に膾炙しているが、その第一章が中国の国情を諷刺している絶好の文章であることについて、注意を払った者は少ない。この点は決して我々の牽強付会ではなく、以下の文がその証である。この諷刺はとても良くできており、そこに述べられている荒波の中の一隻の巨船とは中国の姿に他ならず、「大声はり上げて」「演説」した後に「金を集め終わると、さっと人々の手の出せないところへ退いて」、大声で「殺せ! 殺せ! 殺せ!」と叫んでいる指導者とは、現代中国の英雄豪傑に他ならない。そこから我々は、劉鶚の芸術に対する認識を一段と深め、彼が単に白妞を見事に描いた小説家であるだけでなく、国家に対しても深い感慨を抱いている諷刺家であることを知ることができる。最後に羅針盤を贈って危機を救うことを描写した一幕からは、とりわけ彼が科学による救国、あるいは維新による救国を主張している人であり、羅針盤を贈ることをもって「漢奸」「天主教」の人と罵られているということを見てとることができる。特に、劉氏が北京にいる時に上書して請願した、鉄道を築くことや外国人と共同で炭鉱を運営するという主張は、人々から誹謗され、「漢奸」として罵られた。以下の数段落は、『老残遊記』の愛読者にとっても、再び精読するに値する一篇である。
「この船は二十三、四丈もあるとはいえ破損したところが多く、東のほうにあるのなどは約三丈も壊れていて、容赦なく波が注ぎ込んでいる。その横のやはり東側にもう一カ所、一丈ばかり損じて波が侵入している。その他一つとして破損のないところはない」
「帆を操っている八人の男は懸命にやっているが、めいめい自分の帆にばかりかかって、まるで別々の八隻の船のように互いにちっとも構わない。水夫が甲板にいる大勢の男女のなかを動き回ってしきりに何かしている様子。望遠鏡でよく見ると、彼らは人々の持っている乾糧(旅行用の食糧)を取り上げ、着ている着物を剥いでいるのだ」
「たちまち大船に近づいたが、三人は望遠鏡を覗いて仔細に見ていた。大船から十余丈のところへ来た時には、船の人々の話し声まで聞こえるようになった。と意外にも、例の水夫たちが人々の物を取り上げているほかに、もう一人大声はり上げて演説しているものがある。『お前らはみんな船賃を出して乗っている。しかもこの船はお前らの先祖が遺した公司の物だ。なのに今では、この船員たちに滅茶苦茶にされた。お前ら子供も年寄りもみんな命はこの船に委ねられているのだが、まさか皆ここで死ぬつもりじゃあるまい。なら何とかしなくちゃならんじゃないか。ほんとに馬鹿な奴どもだ!』皆は彼に罵られても、黙りこくっていたが、中から数人の者が進み出ていった。『お前さんのおっしゃることはわしらが思っていても言い出せずにいたことだ。今言われて初めて眼が覚めた。わしらほんとに恥ずかしい。全く何とお礼したらいいかわからない。だがいったいどうすりゃいいかね』『お前らも知っての通り、今は金がなくては通用しない世の中だ。お前らはみんな金を出すんだ。俺たちの精神を投げ出し血を流して、お前らのために永久に安穏無事で自由に暮らせるような基礎をつくってやるが、どうだ』皆はいっせいに手を打って喜んだ」
「章伯は遠くから聞いて、二人に言った。『あの船にこんな豪傑がいるとは知らなんだ。もっと早く知ったら、我々は来なくてもよかったのに』『まあ、しばらく帆をおろして、あの船を追わずに様子を見ていよう。もし合点がいったら我々は引き返すとしよう』慧生が言えば、老残も、『慧君の言うのはもっともだ。僕の思うに、ああいう男は、どうも能のある人間じゃないようだ。ちょっとばかり文明開化の文句を使って金を巻き上げようとしているのだ』」
「そこで三人は帆をおろし、ゆっくりと大船の後を追って行った。見ると、船の人々は金を出して演説した男に渡し、彼がどうするか待っている。ところが、例の演説をした男は金を集め終わると、さっと人々の手の出せないところへ退いて立ち止り、大声で怒鳴った。『血の気のない奴どもだ、冷血動物! なんでさっさと舵取りをやっつけに行かないのだ。なんで船を動かしている奴らを片っぱしから殺さないのだ』彼の命令に従って純真な一人の若者が舵手に打ってかかり、また一方船長のところへなじりに行ったものもあったが、いずれも傍らのものに殺されたり、船の中に放り込まれたりした」
「例の演説した男は高いところに立ったまま、またも、『お前らはなぜ団結しないのだ。皆が一度にかかって行けば、奴らをやっつけるのはわけはないじゃないか』すると分別顔の老人が大声で、『皆さん騒ぎなさんな。もしそんなことをしたら勝負のつく前に船のほうが先にひっくり返ってしまう。それはダメだよ』慧生はこの言葉を聞いて、章伯に向かい、『やっぱりあの英雄は自分だけ金をさらって、人に血を流させようとしたんだ』......」
「三人はすぐさま帆をいっぱいにあげて、たちまち大船に近づいた。船頭が竹竿を大船にひっかける。甲板に飛び上がった三人は、まず舵の下へ行って丁寧に挨拶し、持ってきた羅針盤や六分儀などを差し出した。舵手はそれを見て、穏やかに訊いた。『これはどうするものです。どういう役に立つのですか』話し合っているところへ、突然水夫たちの中で怒鳴る声がした。『船長、船長、騙されてはいけない。奴らの使っているのは外国の羅針盤でさ。きっと毛唐に差し向けられた漢奸に違えねえ。奴らは天主教だ』......」
「この大声で、船中がいっせいにざわめき立った。例の演説した英雄も、『この船売りの漢奸奴! 早くやっつけちまえ!』と叫ぶ。......」
「三人は泣く泣く大急ぎで小船に帰った。ところが大船の人々の怒りは収まるどころか、三人が小船に乗り移るのを見るや、波に砕かれた板切れをふるって打ちかかる。一艘のちっぽけな漁船がどうして幾百人もの力に適し得よう。あっという間に漁船は木端微塵に打ち砕かれ、みるみる海中に姿を没してしまった」
嗚呼、殷人は甲骨に刻み、鉄雲はこれを収集する。鉄雲が甲骨を収集し、私がその甲骨文を探し求めて解釈する。これが天下第一の快事でなくて何だろうか?