日本語版『林語堂全集』を目指して

外交紛糾


 北平学生運動および各地の学生運動は、形を変えた領土割譲に反対し、中国領土の保全を擁護し、各地の当局は「外交紛糾」を引き起こす恐れがあるとして学生を制止した。これはまことにもって笑止千万である。


 外交は紛糾するからこそ、外交部が設けられているのである。我が理が間違っていれば、自ずから制止するし、我が理が正しければ、ただ理に拠って争うのみである。もし事あるごと忖度をしていたら、我が理が正しくても、理に拠って争うことができなくなってしまう。いわんや国家領土の保全を擁護することでさえ、紛糾を引き起こすことを恐れるようでは、外交部を抑止しないものはなく、何もかも日本総領事の電話の言う通りにすればよいということになりはしないか?


 外交とは何かと言えば、それは樽俎折衝、つまり宴会で和やかに交渉し、うまく話を運ぶことである。だからこそ、字句の中に明白に「衝」の一字を含んでいるのだ。両国の間には利害が衝突する。ゆえに、張儀の舌先三寸を活用する場があるのだ。もし秦が六国を併合するのに対して、六国が併呑を受け入れなければ、秦の襄王の不興を買うことを恐れるならば、蘇秦・張儀はいずれも不要であり、土地を献上すればよいだけである。そうなれば、外交が紛糾しないばかりか、以前のいわゆる「外」は「内」へと変わる。


 ゆえに私はこう断言する、外交紛糾を恐れる者は、もとより外交に携わるべからず。この職は我が国民が与えたものであり、もし我が国民が領土保全を要求しているにもかかわらず、あなたがその面倒を恐れるならば、外交に携わる資格はないのであって、他にも適任者はいくらでもいる。


 なおかつ、我が国が外交紛糾を恐れるのは、甚だ奇怪である。北平の国土は、今月今日においては、なお我が中華の国土である。日本の軍隊は北平にあって北平大学の法学院院長を自由に逮捕しているが、日本は全く外交紛糾を恐れる気配はない。その眼中には、すでに中国外交部はなく、宋哲元(省政府主席)ももちろんない。果たして、紛糾を恐れて鳴き声一つ出さないか、あるいは紛糾を恐れずに抗議すべきか?


 もし中国国民が中国の領土で不法に外国軍隊によって自由に逮捕されても、依然として外交紛糾を恐れ、自己の口を堅く閉ざすならば、笑い話にも外交と称する資格はなく、もはや外交部の名はあってもその実は亡んでいる。


 この論理を極端に推し進めるならば、必ずや一事が万事、外交紛糾を避けようとし、日本人に仕えること父母に仕えるがごとき有り様に行き着くだろう。日本人に仕えること父母に仕えるがごときになれば、日本人は喜んでくれるだろう! だが、事実は完全にこれに異なる。あなたが日本人の歓心を買えば買うほど、日本人はいよいよあなたに不満を抱く。何ゆえに? 結局のところ、あなたは日本人から生まれたのではなく、日本人はあなたの父母ではないからだ。其の鬼(先祖)に非ずして之を祭るは諂なり。諂いは鬼(先祖)の憎むところであって、人間にあっても同じである。ましてや、礼義廉恥を重んじる武士道の日本人においてそうでないことがあろうか? 自分が生んだわけでもないのに自分のことを「父」と呼ぶ者に対して、私は決してこれを「子」とは呼ばず、必ずや「奴」と呼び、奴隷として扱うだろう。よって、私は根本において奴隷を好まない。


 今日の根本問題は、外交が紛糾するかしないかではなく、華北が分割されてよいのか否かである。分割されてもよいのであれば、諸手をあげて他国に寄贈してもよいということになる。分割してはならないのであれば、外交の紛糾は結局のところ避けることはできない。


 学生運動を制止することで、今後外交紛糾をなくすことができるなどというのは、愚者の夢物語に過ぎない。


 国民革命の挙兵以前は、中国は外交紛糾を恐れることなく、しばしば外貨排斥運動があった。外交紛糾を恐れることなく、五四排日運動があった。外交紛糾を恐れることなく、塘沽事件に反対し、曹汝霖宅を焼き払った。外交紛糾を恐れることなく、五・三〇排英運動があった。国民革命の発生後も、外交紛糾を恐れることなく、帝国主義打倒のスローガンを叫んだ。外交紛糾を恐れることなく、関税自主権を獲得した。さらには、全く外交紛糾を恐れることなく、三民主義の中の民族主義の政策を実行することを誓った。


 あの時、中国民族には旭日昇天の気概が大いにあり、まさに時代の英雄であったが、今はどこに行ってしまったのか! 今はそうではない。


 ワシントン九カ国条約を引用しても、外交紛糾を引き起こす。国際連盟に向けて曲直を訴えても、外交紛糾を引き起こす。欧米から借款をして実業を興しても、外交紛糾を引き起こす。経済委員会があまりに活動し過ぎても、外交紛糾を引き起こす。米国の太平洋航路が広東をもって終点としても、外交紛糾を引き起こす。宋哲元がチャハル省でパスポートのない日本の軍官を拘留しても、外交紛糾を引き起こす。日貨排斥をすれば、外交紛糾を引き起こす。教科書が国恥を語れば、外交紛糾を引き起こす。連環画で十九路軍を称えても、外交紛糾を引き起こす。新聞がチャハル省における日本軍の行動を掲載しても、外交紛糾を引き起こす......果ては、国家領土の保全を要求するに際してさえ、外交紛糾を引き起こすことを恐れる有り様である。嗚呼、三民主義の民族主義もまた、外交紛糾を引き起こすのだろうか?


 我々は外交紛糾を避けるために、ワシントン条約を引用しなかった。外交紛糾を避けるために、国際連盟を放棄した。外交紛糾を避けるために、極力英米との関係を疎遠にした。外交紛糾を避けるために、言論を禁止した。外交紛糾を避けるために、排貨運動を根絶した。外交紛糾を避けるために、デモを禁止した。外交紛糾を避けるために、中国の歴史を改編した。外交紛糾を避けるために、杜重遠の上訴を許さなかった。外交紛糾を避けるために、東三省を失った。外交紛糾を避けるために、宋哲元のチャハル省の職を罷免した。外交紛糾を避けるために、塘沽協定に調印した。外交紛糾を避けるために、華北に半自治の政治団体を成立させた。外交紛糾を避けるために、中国の軍隊は河北の境内に入ることを許されなかった。外交紛糾を避けるために、河北の党部を取り消した。果ては、外交紛糾を避けるために、領土の保全を求める学生を制止した。その結果、どうなったか?

 結果、日本人は「お前たちは不誠実だ!」と言い、やはり紛糾は不可避であったではないか!

お問い合わせ先

林語堂研究 LinYutang Study

xiao-zhiyou@hotmail.co.jp

サイト内検索

© 2012 All rights reserved.| Webnode AGは無断で加工・転送する事を禁じます。

無料でホームページを作成しようWebnode