一 機械文明と精神文明
現代人は東洋文明とか西洋文明などという大きな題目を好んで談ずるが、こうした題目の議論の影には多分に東洋的な忠君愛国の要素があり、それとなく東洋文明と西洋文明を対抗させようとするもののように思われる。国を愛するのは本来は結構なことである。私も中国人であるから、愛国の熱意においてはしばしば新聞紙上に通電を発する要人たちにも劣りはしないと考えている。しかし、愛国にもそれぞれ道があり、中でも大事なのは頭をはっきりさせておくことである。もしも愛国が感情的で理性的でなく、正邪得失が明瞭でなく、自国および他国の文明に対して徹底した認識もなくして、ただ保守的なのが愛国で進歩的なのは売国だと考えるのであったら、それは我が国将来の幸福ではない。たとえば、日本人は進取の気性に富み、中国人は保守に長じているが、それをもって日本人の愛国心は我々中華の国民に及ばないと断ずるわけにはいかないのである。
そこで、我々は世人のいわゆる物質文明、機械文明、道徳文明、精神文明などの名称を解剖してみたいと思う。
論者はとかく、西洋文明を物質文明、機械文明であると言い、我が国の文明は道徳文明、精神文明であると自称する。字面だけから言えば、我々はすでに国際間に勝利を得ているわけである。国際間の不平等などは、もはや我が方の理論家たちの春秋の筆法によって十二分に解消されたわけである。もし十分に解消されていないとしたら、将来さらに布教師を世界各国に派遣して我が国の「精神文明」を宣揚し、異人どもの「機械文明」または「不道徳文明」を打倒し、あるいは補強してやることにもなりかねまい。ところで、作文は勝手につくれるが、将来打倒し得るか打倒し得ないかは、事実をまって証明しなければならない。
もちろん、西洋人の不道徳なのは極めて目につきやすい。たとえば、自由恋愛や男女共学とか、婦人が社会や政治の問題にまで口を出すなどは、中国の婦徳の謹厳さ、中国婦人の貞淑さに及ばない。これが不道徳の第一。また、風俗が奢侈で服装が華美、行状が奔放で甚だ肉欲的なのは、中国の質素倹約を旨とし、眉も濃くせず曲線も目立たせず、端正厳粛なのに及ばない。これが不道徳の第二。西洋の夫婦は何かと言えば離婚をし、しかも裁判沙汰に及んで慰謝料を請求するなど厚顔無恥なことをするが、これは中国の夫唱婦随、偕老同穴に比べると劣る。これが不道徳の第三。また思想が自由で、宗教は打ち捨てられ、異端邪説が横行し、俗悪破戒に走って平気でいるのは、中国人が礼教に忠実で孔孟を尊ぶのに及ばない。これが不道徳の第四である。機械が発達し、武器は精密となり、ヨーロッパ大戦の勃発は広範な殺戮により屍山血河をもたらしたが、これなどは特に西洋文明の不道徳な証拠である。これが不道徳の第五。こうして数えてみると、全く切りがない。
二 物質文明は決して西洋特有のものではない
しかるに、さらに詳細に検討してみると、東洋文明、西洋文明は決してそうした曖昧な名称によって概括されるものではないとわかる。東西の文明を物質文明と精神文明の対立として説明しようとする人の心持ちは、我が国の精神文明が西洋の物質文明とは性質を異にし、同日の談にあらず、同列に扱い難きものであると言いたいところであろう。ところが、東西の文明はいずれも物質と精神の両面を有し、物質文明が決して西洋特有のものでもなければ、精神文明が東洋の特産物でもないのである。物質文明という点ならば、一面から見れば中国も決して人後に落ちはしない。人生の物質面は衣食住の三つにほかならないが、他のことはいざ知らず、衣食の二つにおいては、中国はおそらくジュネーヴの国際連盟の横綱格と言っても申し分はあるまい。中国人が食物に無関心だなどと言っても、誰も信用しない。我々の食べたくないチャプスイ(chop-suey)や、てんで問題にもしていない焼きそば(炒麺)が、西洋では山海の珍味のごとく貴ばれて、欧米両大陸を征服しているではないか。なおまた中国の絹織物類はすこぶる軽く暖かなもので、いかに億劫屋の貴公子、いかにひょろひょろのアヘン中毒者が着てみても少しも着苦しくない。さらにまた、丹青の門扉、宏壮な宮殿、あずま屋や高楼、庭園や泉水はなおのこと芸術的なゆかしさを持っている。それゆえ、西洋文明は物質文明であり、東洋文明だけが精神文明であるというのは、東洋文明の実質を全く無視したものである。我が国の聖人孔子が「人間の根本的欲望」(人之大欲)を正しく認識してより現今の党や国家の要人に至るまで、いずれも衣食や男女の欲、洋風の住宅を建てること、土地を買うことなどの物質的な事柄を何ら軽視してはいない。その辺の真理は、私が今さら詳しく説き立てるまでもないであろう。
三 機械文明があるから精神文明がないとは限らない
さらにこの問題を掘り下げて言えば、東西ともに物質文明を持っており、ただ違うところは機械と手工との区別だけだということになる。そうなると、西洋の機械文明と東洋の手工文明とを対照させることは無論差支えないとしても、これを作文に書く場合には、もはや以前のような堂々さがなく、かえっていささか見劣りがする嫌いがある。ただし、断っておかなければならないが、機械文明はそれでも精神文明と対立することはできず、ただ手工文明と対立し得るのみである。それは機械文明を持つ者が精神文明を持たないとは限らないからであるが、さてこの機械文明という言葉も、実は五十年前に中国人の心に生まれた事柄であった。当時の中国人は西洋人の汽車、汽船、電報、鉄砲のごとき人目につきやすい文明ばかりを見たから、それでこれを機械文明と呼んだが、五十年来多少とも文化的な我が国の人々は、中国の政治や制度が西洋に及ばないことを早くも承認していた。そして、政治が精神界に属するものであることは言うまでもない。三十年来、中国人もようやく中国の学術や思想、科学的方法が西洋に及ばないことを感じてきたが、科学や哲学はこれまた精神に属するものである。また十年前の中国人は、文学においてさえ西洋人に及ばないところのあるのを感じ、かくてここに近代文学の運動が起こり、西洋文学の翻訳に勤しんだ。劇作家たちは関漢卿や馬致遠、王実甫、李笠翁を学ばずして、イプセンやワイルドを学んだ。短編小説作家は蒲松齢や抱甕老人を学ばしして、チェーホフやモーパッサンを学んだ。長編小説作家は羅貫中や呉敬梓を学ばずして、ドストエフスキーやツルゲーネフを学んだ。現今ではまた一部の人々が、口にこそ出さないが心の中では、東洋の道徳は恐ろしく腐敗し、貪欲卑猥、卑屈惰弱なもので、西洋人の道徳には及ばないと確信している。ところで、政治、学術、文学、さらには絵画、音楽、および一切の美術はすべてこれ精神界のものである。それゆえ、東洋の精神文明と西洋の機械文明とを比較しようとすることは、論理的にも幾多の矛盾があり、恐らく事実とも符合しないものであろう。
四 機械文明のないことが精神文明の証拠にはならない
さて東洋文化の精神方面であるが、東洋文明には自ずから東洋文明の精神のあることを認めなければならぬ。西洋文明には精神文明がないというのはもとより誤りであるが、東洋文明には精神的方面がないというのも、もちろん浅薄な見解である。しかし、機械文明のないことをもって精神文明の証拠と考えてはならない。辜鴻銘がかつて警句を吐いた。曰く、中国人がいたるところで痰を吐き、衛生観念がなく、滅多に風呂に入らないのは、つまり中国人の精神文明の証拠である、と。この言葉は至極ごもっともではあるが、しかし辜氏がこんなことを言ったのは、氏が奇癖を有し、女の足を嗅ぐのが好きなものだから、もし衛生観念ができて足の臭みを洗い落とされたが最後、氏の精神は刺激がなくなり、氏の精神文明もまた女の足の匂いとともに消滅はしないかと思ったからであろう。それに痰をいくら吐いたからとて、精神が文明になるものでもないであろう。機械文明がないということは、その国の工業がなお手工時代であり、政治的には封建時代に終始しているに過ぎないということを知らなければならぬ。こうした工業上の手工文明、政治上の封建文明には、自ずから独特の詩趣があり、また特に精神的な美しさや快さがある。そうした精神的な快さと美しさは、何より芸術の方面において絵画や詩歌をもって表現される。十九世紀中葉の英国においては、いわゆる「ラファエル前派」の美術運動があり、専ら西欧中世時代の芸術精神を鼓吹したが、中国の古い詩を読み、名画を鑑賞することも、確かに我々に古代生活の一種の詩趣を味わわせてくれるものである。中国の学術思想は、周・秦の末になればもはや言うに足りなくなったが、しかし芸術の方面では依然としてよく人生の美を表現した。杜甫の詩、王維の画、左伝の文、司馬遷の史、薜涛の箋、王羲之の帖、荘子の南華経、司馬相如の賦、屈原の離騒など、確かに中国の精神文明の美しさを宿した結晶体がある。滄海の日、赤城の霞、峨眉の雪、巫峡の雲、洞庭の月、彭蠡の煙、瀟湘の雨、武彝の峯、廬山の瀑布などはいずれも我が国の芸術家が独特の芸術をもって表現しているのである。
およそどちらが物質文明でどちらが精神文明であるなどということは、みなあまりにも曖昧浅薄な沙汰であって、いかなる種類の文明にもすべて物質と精神の両方面があり、かつまた同じ物質方面にもその美醜があり、同じ精神方面にもその長短がある。単に「物質」とか「精神」というレッテルを貼りつけて片づけてしまうわけにはいかないのである。中国文明の中には、杜甫の詩、王維の画が含まれるばかりでなく、同時にまた痰を吐くことや、纏足や、手鼻をかむこと、風呂に入らないことなども含まれている。私はこれを中国文明と西欧中世文明の共通点だと思う。中国の古代には「虱をとりながら話をした」という逸話があるが、英国のエリザベス朝にもジョン・ダンという「神秘派」の詩人がいて、一篇の詩をつくってその愛人の肌にいる虱に贈った。次に、風呂に入らないことはなおさら中国特有の国粋ではない。バックル(Buckle)の『英国文化史』を読んだ人なら知っているであろうが、十七、八世紀のスコットランド人もまた、入浴ということを大晦日だけの一つの行事と考えていた。フックス(Fuchs)の『風俗史』や『淫画史』(ドイツ文)からも多くの材料が得られ、それらによればスコットランド人やオランダ人の便器はいずれも中国のより文明的ではない。辜鴻銘の口ぶりを借りれば、現代のスコットランド人が水洗便所を用い出したのは、すでに精神文明退化の証拠である。また、いたるところに痰を吐き小便をすることは、シェークスピア時代の芝居小屋の観客たちもやはりそうであったのである(テーヌの『英国文学史』を参照。ただ違うところは、中国人が用便と称するのに対して、西洋人は「不便」commit nuisanceと言っている。「小便」というのは自己中心の見方で、「不便」とは社会一般の人からの見方である)。我が国の愛国者たちがこれを東洋文明一手販売の本家本元の国産品だなどと考えるまでもないのである。精神方面において中国人には自ずから独自の長所もある。たとえば、忍耐の美徳のごときは西洋人の到底及ばないところである(これはいわゆる「百忍」の大家族制度によって鍛え上げられたものである)。中国人が屈辱をよく忍び、他人の処分するに任せ、ただ堪忍の一手をもって応対するやり方は、西洋人など到底足もとにも寄れない。かつて三・一八事件の時、燕京大学の米国人教授ポーター氏が現場で私に言ったが、もしも米国の政府がこんなことをしでかしたら、たちまち民衆の暴動を激発したであろう。しかしあの日、我が国立九教授の校長の中には依然として温厚沈着申し分なき態度の御仁があり、声明一つ出すことさえあまり気乗りがしないのであった。中国の人々が今日、軍閥の迫害や政府の圧迫を受けている苦痛は、これが外国であったら、もう革命の七、八回もやってそれでも不足であろう。ところが中国では、相も変わらず「平和統一」の一本建てで、良民となる者が大部分である。こうした成り行き任せの美徳、穏健中正の修養は、いずれも西洋人の精神文明の中には見られない。次にまた、作文のごときことも西洋人の到底及ばないところである。中国の軍人は、およそ兵を動かそうという時には、必ずまず平和を主張する通電を発する。下の者が謀反をする時にも、必ずまず「中央政府擁護」の宣言を行う。上の者が軍隊を濫用しようとする時にも必ずまず軍備縮小会議を開く。こうした駆け引きは、外国人には見られないばかりでなく、たとえ中国の御用軍閥がそれを演じて見せた後にも、外国人の記者はただ呆気にとられて見当がつかないものである。それゆえ外人記者も外国新聞の読者たちも、中国政界の変動に対しては五里霧中で一向に要領を得ない。恐らく一万年の後においても、西洋の軍人は中国の軍閥の駆け引きを呑み込めず、通電の文章にしても到底中国の軍人のように要領よくはつくれないであろう。だから我々がとかく西洋人は頭が単純だというのは、確かに事実である。してみればこれまた中国精神文明の一つの長所であろう。
ただし、勘違いしてはならないが、中国の機械が発達していないことが、すなわち中国精神文明の証拠ではない。冷静に見て、水洗便所で大便をする人が精神的にたちまち堕落するものとは限らず、中国の蘇州揚州風の便器で大便をする人が、精神の健全を保ち得るものとも限らないのである。西洋人の機械文明がヨーロッパ大戦の惨禍を発生させたことは、もちろん西洋文明破産の証拠にはなるであろうが、しかし中国も、戦車や毒ガス放射器、ダムダム弾(銃弾)、戦艦、飛行機などがなくて、ただボロをまとったルンペン部隊が右往左往、略奪放火をし、婦女に暴行をしていることが幾分でも精神の発達を示すとは限らないのである。
五 機械は精神の表現である
なお一つ記憶しなければならぬのは、機械文明もまた元をただせば人間精神の一つの表現だということである。科学が生まれてしかる後に機械が生まれ、西洋人のあの進歩改良的な商業精神が生まれ始めて、今日誰もが歓迎する舶来商品が生まれたのである。国粋家たちは、とかく辜鴻銘の故智に倣おうとする。身には外国の針、外国の糸、外国の布地でつくった衣服をまとい、足には西洋の靴下機械で織った機械製の靴下をはき、さらに目で見るものは西洋の機械でつくった紙に西洋の機械で印刷した新聞紙であり、歩くのがまた西洋の機械でならしたアスファルト道、乗るのがこれまた西洋の機械でつくった船や車であるが、それなのにひたすら物質を軽視して我が国固有の精神文明を自慢する。だがよく考えてみるがよい、これらの機械でつくられた舶来品は精神によって創造されたものではあるまいか。中国人は紙の発明では一番早かったが、しかし数千年を経た今日では外国の紙を使わねばならぬ羽目になっている。火薬も中国人が発明したが、今日では西洋の鉄砲を使わされている。養蚕も中国人の発明であるが、今日においては、中国の生糸は米国や日本に送って精製し、それをさらに逆輸入して絹織物にしている。こんなことで、中国は精神的に勝利を得ていると言えるであろうか。西洋人は映画を発明したが、それでも満足せずに、さらに発声映画を発明した。中国人はその機械を持ってきて映画をつくっても、西洋の映画にはかなわない。これでも中国人の精神文明が高尚な証拠になるであろうか。上海共同租界の物質文明は中国地区たる南市、閘北の物質文明より少々高等のようであるが、これはまさか代々の上海市役所当局お歴々の精神道徳が共同租界工部局の理事たちよりも高尚であった証拠にはならないであろう。西洋人にはこうした積極的改善の精神があり、さればこそこうした進歩向上的な物質方面の発達があったのである。我々がなおもひたすらに東洋の精神文明を保存しようとし、西洋の物質を利用するに際しても「中国の学問を本体とし、西洋の学問を作用となす」などという怪しげな屁理屈に従っていたならば(本体と作用とはもともと分離し得ないもので、たとえば胃を本体とし肝臓を作用となすなどはあきれた話であるから)、恐らく他人の受け売りをすることさえも覚束なく、将来いつまで経っても上海の寄留階級が手に『大学』『中庸』(「体」)を持って、西洋人のつくった自動車(「用」)に乗るような体たらくになるのは必然であろう。『大学』『中庸』をいくら読破してみたところで、自動車は製造できないから、西洋人の自動車を買うより他に手はないのである。
六 手工文明人に機械文明を誹謗する資格はない
こうなると国粋主義者はいささか戸惑わざるを得なくなる。他人の受け売りもできない結果、でっちあげたような「精神文明」などはたぶんもう大した役には立たないであろう。この際、閉門反省、先非を悔い改めて発奮自強し、物質文明をつくり出し得たところの西洋人の精神を進んで学ぼうとしないならば、将来の世界は恐らく依然として機械文明の異人たちの手に握られるであろう。仮に機械文明が誹謗されるべきものであり、修正補充されるべきものであったとしても、封建的な手工文明人などにそれを誹謗する資格はないのである。機械文明はヨーロッパ大戦の惨禍を招いたとは言え、そこにはなお母親が子供を従軍させ、妻が夫の出征を勧めた犠牲救国の精神があったのであって、我が国のように年がら年中内乱をやり、国民同士が殺し合い、私利のためにのみ戦い、公益のために戦おうとしないのに比較すれば、勝ること倍であろう。さらに百歩を譲ってみても、兵器がもし凶器であり、殺人光線や毒ガス弾が将来人類を滅ぼす危険があったとした場合、その防御方法はこれまた機械文明人みずからが考え出すのであって、我が国の我利我利で公益心のない腐敗軍閥やルンペン部隊が世界の協和を促進するなどはあり得ないことである。
七 機械の人生への影響
さらに百歩譲って、東洋文明には大層な宝物があり、国粋家が極力保存を願っているとして、それでは国粋保存ができているかと伺いたい。我が国のどこに図書館があるか。我が国のどこに博物館があるか。我が国の古代音楽は今日いずこにあるか。我が国の古物や旧跡は適当に保存されているかどうか。我が国歴朝の国宝たる骨董品や書画は今日いずれの地に売り飛ばされているか。我が国の古版本は、日本に多く保存されているか、それとも南京や北平に多く保存されているか。敦煌の石窟から出た多くの書物はどこへ散らばってしまったのか。ロンドン、パリへか、それとも北平か。我が国の骨董や古画は今日ニューヨークや東京にあるのか、それとも北平にあるのか。東陵から盗み出した宝物は、今日物質文明の国に売り渡されているのか、それとも幾人かの素寒貧の国粋家の手に売り渡されているか。東陵の宝物窃盗事件の起こった国は、いったい物質文明なのか、それとも精神文明なのか、あるいはまたそのどちらでもなくて、ただ半開の国にありがちな事柄なのか。なおまた我々が物質文明、機械文明と呼ぶところの西洋各国は、なぜに自国の国粋保存をもって足れりとせず、ことさらに東洋の古い国の国宝を買い取ろうとするのであるか。これはいったい物質文明なのか、それとも精神文明なのか。今日多くの学生は行くべき学校もなく、完全な図書館一つないのであるが、これでどうして精神が文明になるのか伺いたい。出版界などにしても、米国では小説が一遍に五十万部も出るし、よく売れるのは何百万部も売れる。日本でも小説が十数万部も売れるのに、中国の新刊小説はわずかに数千部かせいぜい二、三万部止まりである。これでいったい我が国は精神文明であるのか、それとも精神落伍なのか。西洋の重要な書籍は数カ月と経たないうちに日本語に訳されて日本人は読めるが、中国の学生は読むことができない。これでも精神文明なのか、それとも精神落伍なのか。
我々は知らねばならぬが、今日の中国は必ず物質文明を持ち、しかる後にはじめて精神文明を云々することができ、しかる後はじめて国粋保存の余暇なり資力なりが生まれるのである。匪賊横行し、難民野に満ち、海には海賊、山には山賊、租界に逃げ込めば人さらいに遭うような国情では、人民の衣食や財産さえも保障されないのであるから、精神文明など顧みる術はない。日本はまず物質文明の発達を遂げ、それから余暇と資力とをもって古書籍を保存し、古書の複製、組織的な古物保存、大規模な図書館や博物館の建設をやり、そこで大学の教授たちも専門の学術に専心従事し得たものであることを我々は知らねばならぬ。中国の大学教授は、米を買う金にも始終悩まされているのだから、本を買うとか、専心学問に没頭するなどは言うも愚かである。
なお、機械文明が吾人の生活に影響する範囲は広大であるので、詳しく述べることができない。この一文はただ機械文明と我が国固有の文明の性質とについて大略述べてみたまでである。諸氏がこの西洋の文明に対して一層の考慮をされ、これをはっきりと認識されたならば、そこではじめて、中国文明将来の発達の一つの障害となったり、愛国の切なるあまり、かえって中国の変法自強の勇気を間接に殺ぐような結果にはならないであろう。西洋人の真似ができないまでも、せめて日本人ぐらいは見習って、中国人が心機一転、徹底的に西欧の物質文明を歓迎することを早くからやっていたならば、今日のように老いさらばえた姿にはなっていなかったであろう。